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2018.09.02
日本の動物たちの生活をよりよくしていきたい--動物トレーニングのプロフェッショナル齋藤美紀さんインタビュー #01
知っていましたか?多くの動物が、物の形の違いを見分けることができるということを。鳥や魚だって、その例外ではありません。すべては教え方次第と語るのは、動物のトレーニングと行動のコンサルタントであり、ブラインドドッグ(目の見えない犬)・トレーニングのエキスパートでもある BAWアカデミー主催、齋藤美紀(さいとうみき)さん。
トレーニングとは、ティーチング。やらせるのではなく、やりたいと思わせることだという美紀さんは、日本のみならず海外へも視野を広げ、動物にとってよりよい環境をつくる、動物とよりよい関係を築く、など、動物の福祉の向上を目指して活動しています。特に、"しつけ"という言葉は大嫌いで、ひそかに撲滅キャンペーンをしているのだとか。
インタビューでは、美紀さんがこれまで向き合ってきた、動物トレーニングの現状について伺いました。全4回にわたってご紹介します。初回は、美紀さんがこの道に入り、深めていくことになった3つのターニングポイントについて。漠然と描いていた、動物と関わる人たちのイメージが変わるかもしれません。
齋藤 美紀さん
1972年神奈川県生まれ。
法学部在学中に知ったプレス業に魅了され、卒業後はアパレルメーカーに就職。3年後、アップルのサポートセンターに転職し、アップルストア(当時はまだオンラインのみ)の立ち上げに携わる。その後、半導体のテクニカルライターを経て、2006年にドッグトレーニングのインストラクターに転身。2012年に独立し、2014年にBAWアカデミーを設立。以来、動物のトレーニングと行動のコンサルタントとして、国内外で年間約30講演をこなしている。
1972年神奈川県生まれ。
法学部在学中に知ったプレス業に魅了され、卒業後はアパレルメーカーに就職。3年後、アップルのサポートセンターに転職し、アップルストア(当時はまだオンラインのみ)の立ち上げに携わる。その後、半導体のテクニカルライターを経て、2006年にドッグトレーニングのインストラクターに転身。2012年に独立し、2014年にBAWアカデミーを設立。以来、動物のトレーニングと行動のコンサルタントとして、国内外で年間約30講演をこなしている。
- ----意外にも、法学部のご出身なんですね。
- 政治経済の先生になりたかったんです。応用行動分析学(*)もここ何年かですごい勉強したって感じ。バイオロジー的なこととは、ぜんぜん違うことしてました。
- ----職歴が多様ですね。
興味を追求していった感じですか? - プレスの仕事はそうですね。教職のカリキュラムが取れず先生になれないことがわかって見つけた次の興味です。でもそのあとは偶然に出会った仕事。アップルのサポートもそれに続くアップルストアの立ち上げも、アパレルを辞めて仕事を探していた時期にご縁のあった会社。それが激務すぎて転職した半導体のテクニカルライターもたまたまで。その時々で、目の前にぽっと現われた仕事に対して、それを吸収していくっていう感じです。
- ----吸収していくっていうのは?
- プレス時代、パンフレットをつくる予算がなくて自分でイラストレーターを勉強したり、アップルサポートセンターのときは、それこそMacは使ってましたけど、ぜんぜん詳しくなくて、働きながら猛然と事例を覚えたり。それで、あまりに些細なことで電話してくるから、面倒くさくなって。笑。「トラブルがあったらまずここをチェック」みたいなwebサイトをつくったり。そうすると、自然とhtmlを覚えるので、ウェブサイトとか自分でつくれたら便利かもと思って、テクニカルライターと並行で勉強して、webプランナーみたいなこともやったりしてました。
- ----置かれた状況に対して、必要な知識を深めていくっていうことなんですね。しかもイノベーティブ!
- 今、自分でなにかをつくるときには、すごく便利ですね。総合的に役に立っています。笑。
この道に入ったのは、犬を安全に守れるようになりたかったから -- Turning Point 1
- ----では、今の仕事もご縁があって?
- ご縁というか。犬の勉強をはじめたのは...これ、すごい悲しいんですが、実家の犬をトリミングに預けたら、そのまま帰ってこなかったことがきっかけなんです。
- ----えっ逃げちゃったんですか?
- 死んじゃったんです。とてもシャイな子で、預けた直後に脱走したのに、すぐに連絡をくれなくて。私も東京から飛んで帰って、一緒に探したんですけど、結局3日後に、雨の中、車にはねられてるのが見つかって。
- ----警察には?
- 当時は今と法律が違って、動物の地位がもっともっと低かった。動物を預かる職業の人たちがなにかしても、なんのお咎めもない時代。法学部の知識を活かして猛抗議しましたけど、先方も一回も謝ってくれなくて。
ものすごく辛くて許せなかった。そのときはまだ「動物を扱う人はいい人だ」って思ってて。そこのトリミングは、私が選んだわけじゃないけれど、私だったら、そこが良くないところだって見分けられたかと言えば、見分けられない。
じゃあ、動物の安全て、どうやって守ればいいんだろうと思ったのが、この道に入ったきっかけです。犬が好きで、とか、犬になにかを教えたくて、とかじゃなく、犬を安全に守るにはどうしたらいいんだろうと思って、勉強をはじめました。世界でいちばん、犬に優しい人になりたいと思ったんです。 - ----どんなふうに勉強を?
- 最初は、動物看護士さん向けの講座に行ってみました。看護士じゃないのにこっそり入って。そのときに見たのがクリッカートレーニング(*)でした。
- 犬がキラキラしてる!目がピカピカしてて、尻尾もぷりぷりーみたいな感じの犬をはじめて見て。そんなふうに犬とかかわれるなんて、や!これは勉強したい!と思って、トレーナーのコースを受けはじめたんです。
私が勉強したいと思ったのは、行動に対して、いい結果を提供することで行動を変える『正の強化』と呼ばれるもの。日本でその資格を出している団体は3つくらいあるんですけど、いずれにせよ、自分の犬とペアじゃなきゃいけないんですね。自分の犬をトレーニングして、いわゆる服従訓練テストに合格すると認定されるんです。それで、それまで特になにも教えてはいませんでしたけど、一緒に暮らしてた6歳の犬とトレーニングをはじめました。
この子が嫌になったときにやめればいい、
トレーニングは犬のためにある--Turning Point 2
- ----6歳!トレーニングは順調にすすみました?
- ところがその子、トレーニングしはじめた頃、手のひらにおいて差し出した食べ物を食べ損ねたんです。ケージにぶつかったり。おかしいと思って診てもらったら、遺伝的な病気で、もうその時点でほぼ見えてなかった。あと半年か一年くらいで、完全に視力を失うだろうって言われて。この子、いつか目をあけても、真っ暗な世界で生きていかなきゃいけない。やりきれなくて一週間くらいボーボー泣きました。
トレーニングも、どうしようか悩んだんですけど、ふと、あれ私、犬を楽しませるために勉強してるんだよねって思って。犬が楽しくないんだったら、続けなければいい。だけどその子、すごい好きだったんですよ、トレーニングが。
なので続けてみよう、この子が嫌になったらやめればいいと思って。トレーナーになるっていう私の目標とは別で。二人の共通の趣味みたいに、楽しくやり続けてみたんです。
- ----絶望のなかに一筋の光、ですね。
大変なことでしょうけれど。 - 大変でした。その団体が運営している、しつけ教室には、トレーナーになるためのテスト対策をするクラスがあって、そこに通ってたんですけど、目が見えない犬を連れて行くと、インストラクターたちに嫌がられるんですよ。ヒールワーク(犬が横について一緒に歩くという課題)やレトリーブ(5m先に投げたダンベルを人のところまで持ってくるという課題)を、見えない子にどうやって教えればいいのか、まったく誰もわからないから。
- ----そういう知識がないから?
- アイデアがないんです。見える子に教える方法は知ってるけれど、それぞれの犬にあわせて、トレーニング方法を変えていくとか、新しいアイデアを生み出す力がない。誰もわからないので、自分たちで見つけ出すしかない。私とその子で、すごい試行錯誤しながら課題への挑戦を続けたんです。
- 左足をパタパタして、私がどこにいるかを伝えたり、私はいつも同じよう動いて、同じタイミングや場所で合図やヒントを出す。その中から、自分(犬)がいつ、どこに向かって、どう動けばいいかの手かがりになるもの、例えば、音やリードの張り具合を見つけてく。私は環境を整えただけで、教えたというよりも、その子がどんどん発見していって。最終的にマスタークラス(いちばん上のクラス)に通って、インストラクターになるためのコースに進みました。
- ----ブラインドドッグ・トレーナーの道もここからはじまってたんですね。
- 普通の人は半年ぐらいで修了できるところを、私とその子は3年かかった。レトリーブは、見えないところに行って、見えない場所に帰ってくる。しかもそれを、不慣れな場所でやらなきゃいけないのが、すごく難しくて。その課題の完成に2年かかりました。
- 2年の間に、後から入ってきた人にどんどん抜かされていくわけですよ。ものすごいバカにされたり、バッシングされたりもして。「犬を変えれば」とかも、いっぱい言われました。でも、私にはそれがわからなくて。犬が喜ぶためのトレーニングなのに、なんで人の都合で犬を変えてまで勉強しないといけないの?って。なので、先輩インストラクターたちに嫌がられても、悪く言われても、二人で続けて、なんとかインストラクターの認定を受けることができました。
世界でいちばん動物に優しい人になるために、
やるべきことはなんだ--Turning Point 3
- ----インストラクターの仕事はすぐにもらえるんですか?
- 私が資格を習得した団体が運営している、しつけ教室でインストラクターとして教えるんです。
- ----苦労された分、喜びもひとしおですね。やってみてどうでした?
- 自分が見えない犬に工夫して教えたように、それぞれの犬にあわせて新しいことをやってみたかったんですけど。先輩インストラクターに「それは先輩への侮辱だ。私たちが編み出してきた方法に不満があるの?」みたいなことを言われてしまって。
犬が、より楽しいと感じる方法でやればいいので、他にもあるかもしれないし、この子は好きじゃないかもしれない。それなら違う方法はどうかって試してみていいはずなのに。
その団体は、" 科学的で人道的なトレーニングをします "ってうたってたんです。でも「え、これ科学的なの?」って思うことがいっぱいあって。トップの人たちに質問したら、なんと2ヶ月、口をきいてくれなかった。笑。「人間関係は距離のコントロールだ。(私を)排除するんじゃなくて、無視することでいい関係を保ってる。」みたいなことをTwitterに書いていたんですよ。「はぁ?」って思うでしょう?笑。
おかしいぞ、このままでいいのだろうかと思ってました。でも団体に属してないと、仕事が回ってこない。教える場所を失うのはやっぱりちょっと怖くて。
- ----同じようにジレンマを抱えている方も多そうですね。
- そう。悶々と過ごしていたある日、違う曜日の担当をしていた先輩が、突然亡くなって。連絡帳みたいのでやりとりしていた先輩で、いつも明るい笑顔の人だったんですけど。
そのときのトップの人たちの反応にも、すごく疑問を持って...。それで、私はなにをしてるんだろう、世界一犬に優しい人に、ほんとになってる?って自問しました。自分がやりたいこともできてないのに、続けるべきなのか。ほんとに私がしたいことは、ここにはないんじゃないか。こんなところで時間を無駄にしてる場合じゃないんじゃないかって、気づいたんです。
いつも笑顔で、受け持っていたクラスの生徒さん達からも人気があったという先輩の辛さに、誰も気がつけなかった。その衝撃的な死に直面し、「自分もいつなにが起きるかわからない。やるべきことをやるべきだ。」と奮起した美紀さん。いよいよここから動き出します。
次回は、動き出したら見えてきた、日本の動物トレーニングの実状と、それにどう立ち向かっていったのか、です。こちらからご覧いただけます。