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起業のプロを質問ぜめ! 事業はどこから生まれる? 前編 −−モヴ百景 其の十景
自身の名前を看板に歳の数だけ新規事業を生み出してきた専門家、守屋実さんと、大企業に所属し組織の中で内外をつなぎながらイノベーションを起こす東急アクセラレートプログラム統括の加藤由将さん。立場やキャリアは違えど、これまで日本の事業創出の一端を担ってきた起業のプロであるお二人が『事業はどこから生まれる?』のかを、それぞれの視点で語ります。
モデレーターは、普段からお二人と親交のあるKOKUYOの働く場をデザインする研究者、齋藤敦子さん。前編となる今回は、起業時に起こりがちな問題点について。気心知れた雰囲気の中、数多の現場に立ち会ってきた者だけが知る"ここだけの話"が引き出されていきます。
トークショーが開催されたのは、世の中の情勢がここまで悪化する直前(2020年2月22日)。状況は変わりつつありますが、世界中がだれも経験したことのないような事態になり、企業も個人も今後の展開を見直そうとしているいまだからこそ、すんなり心に響くのかもしれません。これからを生き抜くヒントが詰まっています。(*この記事は2020年2月22日に開催された同名トークショーからの書き起こしです。)
ひたすらに新規事業の人と組織内から変革を試みる人
では守屋さん加藤さん、簡単に自己紹介をお願いします。
守屋と申します。初めて会社つくったのが19歳でバブルのとき。いまから31年くらい前なんですけど。新規事業が好きで、いま50歳です(2020年2月当時)。一応、50個くらい新規事業やってます。みなさんが知っている一番有名な会社でいうとラクスル。創業メンバーで副社長やってました。よろしくお願いします。
守屋さんはかつて、ミスミという新規事業ばかりやる企業にいて、いまは守屋実事務所っていう個人の名前で、社会的インパクトのあるスタートアップを支援して、事業をつくっていくというお仕事をされていますよね。ひたすらに新規事業の人。
守屋 実|Minoru Moriya
大学卒業後、株式会社ミスミへ入社。新規事業開発に従事したのち、株式会社エムアウトを創業、複数の事業の立ち上げおよび売却を実施。2010年に守屋実事務所を設立し、設立前および設立間もないベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。自ら投資を実行、役員に就任、事業責任を負うスタイルを基本としている。ラクスル株式会社、ケアプロ株式会社の立ち上げに参画、副社長を歴任後、株式会社博報堂、株式会社リクルートホールディングスをはじめとする数多くの会社の取締役、フェロー、顧問、理事、アドバイザーなどを歴任。東急の加藤でございます。守屋さんとは違って、大企業の中で新規事業に取り組んでいるタイプ。イントレプレナーといわれるような位置づけですね。いままで住宅に関するなんでも相談所みたいなサービスだったり、アクセラレーターと呼ばれるような、スタートアップ支援の仕組みみたいなものを立ち上げています。
加藤さんは東急という企業の中で東急アクセラレートプログラムを立ち上げて、社外のベンチャーやスタートアップの人たちと、社内のリソースをどうつなげるかに取り組んでいます。イノベーションを起こすには、外からとってくる"アウトサイドイン"、中のものを外に出す"インサイドアウト"というのがあるんですが、それを両方ぐるぐるやっているのが加藤さんです。
加藤 由将|Yoshimasa Kato
東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ課長補佐。2004年、東京急行電鉄株式会社に入社、住宅事業部に配属。2009年、社内新規事業として不動産・建築業界のマッチングビジネスの事業企画から現場運営まで6年間一貫して携わる。2015年、ベンチャー支援施策のひとつとして「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げる。2019年、テクノロジーの社会実装に特化したソーシャルクラブ「Shibuya Open Innovation Lab」を開設する。で、わたし齋藤です。コクヨでワークスタイルの研究をしています。お二人は昔からよく知っていて、たぶん守屋さんは、10年以上前にご一緒させていただいて以来。加藤さんは、カタリストBAで最初にお仕事させていただいて、それからどんどん進化されてますよね。そういうご縁で今日は、深堀しながらお話しを聞きたいと思います。
齋藤 敦子|Atsuko Saito
コクヨ入社後、設計部にてオフィスのデザインや企業・行政の働き方改革のコンサルティング業務に従事。2003年に同社の新規事業開発部門にFA異動し、次世代の働き方・学び方の研究から事業探索を行う。2012年に開業したCreative Lounge MOV、その前年のCatalyst Baなど、クリエイティブな働き方を実践する場のコンセプト開発を担当。その後、コクヨワークスタイル研究所の主幹研究員としてイノベーションのプロセスと場の研究開発を継続しながら、オープンイノベーションのプラットフォーム組織(一社)Future Center Alliance Japanを立ち上げ専務理事としても活躍。副業時代の起業事情―うまくいく人、いかない人
わたしも新規事業の研究開発部門に10年くらいいたんですけど。事業を創るのはなかなか難しいですよね。最近、副業が流行ってるので、企業に勤めながら2枚目3枚目の名刺をもって動いている人も多い。でも事業ではないんですよね。会社勤めしながら、他の時間にちょっと自分のスキルを使って、ちょっとお金を稼ぐっていうような働き方なので。
事業を創るということを考えたときに、日本は、スタートアップも企業内の新規事業もまだまだ創成期だと思うんです。そのあたりで感じていることを、お伺いしたいです。
(起業する)環境はめちゃめちゃよくなっていると思うんですよ。大昔は資金調達なんて全然できなかったのに、いまはサクっとできたりする。それこそ普通に起業した若い人たちが、最初から「時価総額は3億です」とかいっちゃったりするくらいだから。
それでも依然として、起業というものに若干距離があるんだとしたら、みんなの初期設定が大きすぎるんだと思うんです。最初の一歩目からゴールテープを切るようなでっかいことを想定しているから、一歩目を踏み出すのがけっこう大変で。そこまで設定しなくても、「これは!」と思うものがあったら始めてみる。やっている人を手伝うでもいいし。
最初の一歩目をちょっと小さくすれば、二歩目三歩目って普通に出ると思うんですよ。誰かの手伝いが自分の社会的使命にばっちりはまらなくても。何かをやってみると「俺、実はこれをやりたい」とかって自我が芽生えたりするものだから。そういう一歩目さえ踏み出せれば、もっとみんな簡単に起業できるはずなのに、って思うことがあります。
たくさんの起業家をみてる守屋さんからして、成功する人と途中で挫折する人の差ってなんですか?
"起業を"しようと思って起業をする人は、けっこう失敗するような気がするんですよ。したいことがあるから起業するならいいんだけど。大企業でも、とりあえずオープンイノベーションするみたいな、手段先行みたいなの、ありがちじゃないですか。独立起業する人もそうで、「起業したいです。」「何がしたいの?」「これから探します。」って、そういうのはやめようよ、と。
組織先行で入っていく新規事業のつくりかたって、確かにいい例は聞いたことない。組織よりも、"どうしてもこれやりたい"っていう個人の思いに対して、手段をいろいろ考えていくアプローチのほうがうまくいくケースが多いのかな、と。他の会社を見ていても思います。
何かをしたいときに法人格を持ったほうがいいんだったら起業だと思うし、何かをやりたいときに資金調達したほうがいいんだったらすべきだけど。自腹でやれるんだったら資金調達なんてしなくてもいい。情報化社会の中で耳年増になってて、変なことになっている人はいるなと。
僕は、スタートアップの人も含めて、一番最初に「なんでこれをつくろうと思ったんですか?」って質問を必ずします。そこに必ず原体験があって、その原体験の大きさとか角度によって、出てくるプロダクトが全然違うので。原体験なく、いろんなものを市場調査で集めてまとめたサービスみたいなことをやって、訳が分からなくなってるケースは、多く散見しますね。
企業のオープンイノベーション事情①―イノベーション難民
加藤さんは大きな会社に勤めていらして、オープンイノベーションにもすごく詳しいですよね。企業がオープンイノベーションに取り組むときに、ここがうまくいかないとか、ここはもっとこういう可能性があるとか、ってありますか?
うまくいくか、いかないかっていうより、本当に考えなきゃいけないのは、なぜ新規事業を生み出さなきゃいけないの?っていうISSUE(イシュー)。会社のISSUE=危機感をちゃんと捉えて、適切な人に、適切なタイミングで、適切な方法で、新規事業を検討させるということ。これができているところは間違いない。うまくいくのかな、と。
危機感もないのに、"周りの人がやってるからとりあえずやってみよう"でつくられた【オープンイノベーション推進室】に、やる気もないのにとりあえず配属されて、社長命令だからってやっているところは、たぶんずっとうまくいかないでしょうね。一番わかりやすいのが、その人たちがとる行動。みんな共通しているんですけど、コンサル発注なんですよ。
いま、イノベーション難民って多いんですよね。トップからイノベーションをやれといわれて、名刺に刷り込まれていて、聞いてみると「いやー、なにするんですかね」みたいな。
人事異動で、とりあえずアサインされちゃいますからね。ある日、新規事業開発室ができて、異動できる人が異動させられて、今期中になにかをしろっていわれたら、そりゃイノベーション難民になると思うんですよね。やりたいっていう人が集まってきてやるんだったら、多少やりたいことがあるんだろうけど。
僕たちはやりたいことはたくさんあって、でもリソースがないから。そこに人とお金があるんだったら、いくらでもやりますので、いってください。笑。
企業のオープンイノベーション事情②―行く手を阻むミルフィーユ層
それマッチング次第ですよね。会社がもっている "こうあるべき" っていう方向と、ベンチャーのような個人の "これを実現したい" とがあると思うんですけど。往々にして、両者の方向性がズレてやめちゃうってことがありますよね。
ズレますよね。例えば下から企画をあげようとすると、課長級がいます、部長級がいます、執行役員がいて、役員がいて、社長がいます、みたいなものすごい厚い層がある。このミルフィーユをのぼっていくために、上の人から「こうした方がいい」ってアドバイスをいただき、それを修正するのに1カ月かかって、その内容をさらにその上の人がいう「こうした方がいい」の修正にまた1カ月かかる。
事業の本質的な成長ではなく、会社の理論をベースにして、上の人はこう思うだろうなと忖度に忖度が積み重なっていくと、わーっと資料直して一番上にあげたときに「なんでこうしないんだ」っていわれる案が当初の案だった、みたいなケースは何度も経験しているので。
うまくいく方法としては、起案者が中間層を限りなくすっ飛ばして、最終意思決定者と直に話して進めていって、短期間で「これでいこう」とまとめて、まずはやってみること。これが一番早い、正しい方法だと思います。
もう、いう通り。そもそも新規事業をつくるときに大事なことは、お客さんのところに行って、自分たちの仮説をぶつけて、100%じゃない部分を直してもう一度お客さんのところに行くってこと。これだけが事業開発のプロセスで、これを高速回転するのが大事だと思うんですよね。
その通りですね。
(新規事業をはじめるのに)基本的に大企業は、ベンチャーに負けるわけがないんですよ。なぜなら、たくさんの優秀な人たちがフルタイムで働いてるわけじゃないですか。大企業のほうがぜったい有利なはずなのに、企業内でどういうことが起きているのか。まず単年度会計だから、1年以内になんとかしろといわれるんですね。
1年でどうにかするって、あまりにも超高速すぎて無理に決まってるのに、さっきいったミルフィーユ層がストッパーばかりかけてくる。超高速で走れっていっておきながら、ばんばん足枷つけてくるんですよ。いくら大企業の優秀な人たちが束になったって、そりゃベンチャーに負けますって。加藤さんがいっているように、あらかたそういうのを取っちゃえば、ぜったい大企業の勝ちなんですよね。本当は。
あとは、大企業の中で新規事業をやろうとしたときに一番悩むのが、パイプラインなんですよね。アントレプレナーの人、それこそラクスルの松本(代表)さんとかは、自分のことを理解してくれている人たち(投資家)からお金をもらえる。でも我々はパイプラインが一本しかないので、その人に納得してもらえなければお金が降ってこない、予算がつかない。そういう意味でも、足枷のレベル感が激しく大きいと思います。
企業のオープンイノベーション事情③―新規事業を担うべきなのは?
大企業だと、最初の設定から事業規模目標が100億くらいだったりする。だから構えちゃって、架空のビジネスモデルを一生懸命書くんだけれども、それがいつまでも実装されなかったりしますよね。
「我が社の第二の柱をつくるんだ」という名目の新規事業が、実際どうなってるか。新規事業開発室ができて誰かがアサインされて、そこで今期中に何かをつくることは決まってて。それを、上にあげる前に経営企画で添削するんですよ。財務が予算の話をして、全員一致になったら経営会議にあげる、みたいな。
それは、危ないパターンですね。
まず、第二の柱だっていうなら社長がリーダーをやるべきで。
それ、めちゃめちゃわかります。この前SOILで、マネーフォワードの辻さんにお越しいただいて、新規事業の考え方をお話しいただいたんですよ。そのときにおっしゃってたのが「新規事業ってありとあらゆるビジネス経験、積み重ねた経験からできあがってくる研ぎ澄まされたセンスが必要なんだから、新規事業は役員がやるべきなんです」と。一番経験をもっている役員が新規事業をやるべきであって、まだ経験とか下積みとか土台のない若い人たちは、オペレーションで修行をするべきなんだって話をして。
マネーフォワードでは、役員が新規事業をやって、役員の座っていた椅子は後輩に譲って、既存のままさらに役職をあげてあげるっていう構造になっているらしいんです。めちゃめちゃおっしゃる通りで。それこそ社長が新規事業をやれっていうなら、あなたがやりなさい、と。もっとやるべきことがあるんだったら、既存事業であがってきた役員を抜擢するっていうのが、一番理にかなっていると思うんですよね。
会社も学校もお役所も。リモートワークの波が一気に進み、組織も個人も本当の意味で働き方が変わっていきそうな気配ですね。コワーキングスペースであるMOVも、今後どんなふうに事業を展開していくか模索してるところなんですが...。
じゃあいったいどんなふうに考えていったらいいのか。後編は、お二人の理念や実例を交えながら紹介する実践編です。そちらもあわせてぜひ。
モヴ百景とは...いろんな職種・人種が集まるコワーキングスペースMOVで、ついつい聞き入ってしまった誰かの話を、MOVらしさ=景勝地といって紹介するコーナーです。もちろん、ご本人のご了承を得て記事にしています。